彼が食事に誘ってくれた。それだけでも充分だった。
もう顔も見せてくれないかと思っていたので。
「でしたら今からは?もう夕飯時ですし」
「今から?けどオレまだすることがあるんだよ。お前も油うってる暇ねーだろ」
「少し休憩しようかと思いましたし。下でとりませんか」
「それならいいぜ。」
そういって彼と2人で軽めの食事をとる。
軽めといっても彼はかなりがっつり食べるらしく
こちらが見ていて気持ちいいくらいのたべっぷりに、思わず笑みがこぼれた
「なんだよ。ニヤニヤするな」
「いえ、すごい食べっぷりだと思いまして」
「メシ食わねーと頭も体も動かねえんだ」
「そういえば、その首。まだ跡が?」
「ああ、もうちょっとな」
「銃をつかわなかったんですか」
「けっとばされた」
「…そうですか。」
「そういやお前銃の扱いもうまそーだな」
「普通ですよ」
「今度射撃の訓練しないか。で、多くあてたほうがおごるってことで」
「勝ち負けでするものじゃないですよ」
「固い事いうなよ」
そういって彼は笑顔をこぼす。
その笑顔に見とれてしまった。
自分はかなり重症なところまで来ているらしいと自覚しながら。
結局なんだかんだで彼とときどき食事をしたりする関係になった。
今でも私は彼に恋愛感情をもっているとはっきりと分かる。
そしてあうたびに彼にどんどんと惹かれていくのだ。
だが…。
どうにも彼はそのことを忘れたのか、なかったことにしてくれているのか
無防備に近寄ってくる。
最初のうちはよかったのだが…そんな近くにいる好きな相手に指一本
触れられない状況が少々辛くなってきたのだ。
仕事で忙しい時はお互いバタつているからいいのだが、
資料を元に話しているときに、思いっきりこちらを覗き込んでくるとか、
魅力的な笑顔をふりまいてくるだとか。
気紛れな所が猫そっくりである。今は餌付けに成功した段階か。
しかしこれでは生殺しである…。
今日も今日とて彼は笑顔で体を寄せてくる。
「高耶さん」
「なんだ?」
「あなたが好きです」
「………それは聞いた」
「あなたは私を信用していないはずでしょう?こんな無防備に近付くのは
危険だと思いますよ」
「…でもほとんどお前と2人きりにならないだろ?」
「…そうですが…私があなたを拒まないのでしたら、こちらも本気で
口説きにでますよ?」
そう真剣に彼の瞳をのぞきこんでみる。
「お前、今までなにしてたわけ?」
「あなたが拒まないだけでは満足できなくなったわけです」
「お前のことは嫌いじゃないぜ。そこから先はお前次第かな」
「そうですか、なら本気をだしますよ。」
「オレは犯人をおっかけるのが専門なんだ。追っかけられる気分てやつを
味あわせてみろよ」
「捕まえてみせます」
「そう簡単にいくとおもうなよ」
そういうと彼は楽しそうにわらった。
直江が本気で口説くといってからこっち、特になにもなくて
ちょっと拍子ぬけしてしまった。
バラとかもってきたらつっかえそうとか、甘い言葉をはいてきたら
うぜえとかしてやろうとか思っていたのに。
いたって普通だった。口説くんじゃなかんだろうか…。
とそこまで考えてアホらしくなった。
これでは口説かれるのをまっているようではないか。
「オレもヤキがまわったか…」
「よう大将」
「なんだ、資料はそろったのか」
「俺様を誰だと思ってる。ぬかりねーよ。ほれ」
「できてるならさっさとだせ」
「今できたんだっつーの。人づかい荒いな。人間ってのはアメとムチだぜ〜?」
「アメくらいいくらでもやる」
そういってデスクにあったアメ玉をなげてよこす
「子供の使いかよ。それよか大将。最近男前と仲いいんだってな」
「それがなんだ」
「お前が男前に笑顔をふりまいてるって武藤が写真とりたがってたぜ」
「…そんな人がアホみたいに笑ってるみたいに言うな。いたって普通だ」
「普通ねえ。へー」
「そのむかつくニヤけづらをやめろ」
「いやいや。お前にもついに春がきたのかと、な」
「…大丈夫かお前。友人との会話くらい笑ってするだろうが」
「そうねえ。友人サマによろしくな」
そういってニヤニヤ笑ってさっていった。
なんだかむかつく。
そういっていたら直江から1休憩しないかとメールがきた。
あいつのがんばり次第だが、いまのとこはまだただの友人だ。
1休憩のために資料をかかえてラウンジに行く。
言い出した直江がなかなかこない。仕事柄急に仕事が入ってくるのなんか
しょっちゅうなので得に気にはしないが。
そうしてコーヒーをのみ終ったころに直江の声がきこえてきたから顔をあげる。
だが直江は1人ではなくえらい美人と一緒にいた。
人を呼び出しておいてこれか。とちょっと胸くそ悪くなった。
そうして美人と1言2言交わしてすぐこちらにやってきた。
「すいません遅くなって」
「…別に。あの美人はいいのかよ」
「ええ大丈夫ですよ。コーヒーを買ってきました」
そういってオレの前にコーヒーを置く
「もう飲み終った」
「そうですか。コーヒーを飲み過ぎるのも胃に悪いですし。同僚にやります」
「…さっきの美人か」
「?いえ、あの人は違います」
そこまでいって自分でバカらしくなった。直江が誰とどうしようとオレには関係ない
「…もしかして気になりますか?」
そういって嬉しそうな声を出す。
「いいや。オレみたいなクソガキよりあっちの美人のがいいと思うがな」
「彼女はただの仕事相手です。それに私はあなたが好きですから」
「そのわりにはちっとも口説いてこないじゃねーか」
「待ってくれてたんですか?」
「ふざけんな。いろいろしてきたらつっかえしてやろうと思ったのに。
拍子ぬけしてるだけだ」
そう否定してみるが直江は嬉しそうに微笑んでいた。
なんだかこいつの手のひらの上で頃がされている気がしてきた。
それがすごく気に入らない。
「やっぱりお前を好きになるなんてありえない」
「そうですか?」
そういって涼しい顔をしてコーヒーを飲む。
むかついてきた。ちょっとからかってやる。
「直江、今度また2人で食事にいかないか」
好きな人を口説くのはきっと生まれてはじめてなような気がした。
年下で、しかも生傷がたえないどこからどうみても立派な男で、
たぶん今までの人生のなかで見向きもしない類いの相手だ。
なのにいつのまにか彼を手に入れたくてたまらなくなった。
だが今までの相手とは違う。
少し彼を観察して、一番いい方法で彼を少しずつこちらに誘導する手段を選んだ。
そこは職業柄得意な方で、しかも相手は見えない相手ではなく
すぐ目の前にいて、観察もしょっちゅうできる。
だから彼には押すではなく引く。
彼がこちらを気にかけてくれるようになればまず第一歩。
これはかなり成功したようだ。
彼から2人きりで食事を。と申し出てくれた。
だがここで喜びいさんでくいついてはいけない。
「食事ですか。いいですね。」
「だろ?」
「ですが2人きりはまだよくないと思いますので、友人も一緒というのは
どうでしょう」
「…なんだよ。オレがせっかく2人きりになってやるっていってんのに」
「襲われたいんですか?」
「…襲っていいとはいってないだろ。食事だけだ」
「もし私が水に睡眠薬とかいれたらどうします?」
「お前はそんなことしないだろ」
「しないといいきれますか?」
「お前はそんなことしない」
「随分信用されるようになりましたね。嬉しいですよ」
「大分お前の事わかってきたしな」
「そこまで信用されてたら悪さはできませんね…。でしたら食事だけ行きましょうか」
「食事だけな。」
そういって笑う彼。
きっと彼にも思惑があるだろうが私もせっかくのチャンスなのだ。
さてどう攻めるのが効果的か、すこし作戦を練らなければ。
「おんやあ?大将、めかしこんでどこいくの。美人の事情聴取?」
「いいや食事だ」
「…はっはー。ついに落とされたのか」
「なにもいってねーだろ」
「なに?男前に食われに行くんだろ?」
「逆だ。ちょっとからかってやる」
「やめとけやめとけ。相手がわりー」
「なんでだ。オレに惚れてるんだと。チョロいだろ」
「お前なあ。返り打ちにあうのがオチだぜ」
「大丈夫だ。修羅場は何度となくくぐりぬけてきたろ」
「ばっかそりゃ犯罪者相手だからだろうが。恋のカケヒキなんてもんは
お前には無理。無理」
「できねーと思ってるな。じゃ賭けるか?」
「いいぜ。返り打ちにあう方に3万かける」
「…後悔してもしらねーぜ」
「お前はいくらかけるんだ?」
「そうだな」
「あ、こないだ買ったっていってたメットでいいや」
「ざけんな。3万とつりあわねーだろうが」
「なんだよ自信あるんだろ?」
「ある。ほえ面かくなよ。じゃな」
「いってらっさーい。……オークションでいくらになるかな〜」
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