「…っ!」
素早く動こうとした彼の両手を押さえ付ける
体も動けないようにドアに押さえ付けて彼の唇をむさぼる。
なぜこんな事をしているのかと我にかえりかけたが。
彼の柔らかな唇に夢中になる
「…んっ」
しかし彼も伊達に修羅場をくぐりぬけているわけではない。
渾身の力で押し返してくる。
それをおさえつけようと思わずまた力をこめたところで
思わず彼の首を圧迫してしまい彼がむせはじめた。
驚いて体を離す。
苦しそうに咳き込む彼。
自分は何をやっているのか。
「…すいません…高耶さん…」
そういって彼に手をのばそうとするとその手を払いのけられた。
首元を押さえ、こちらを睨みつける彼。
「どうかしてました…」
それでも彼は逃げもせず、ただ睨み返してくるだけ。
理由話せと。
「…私は…」
「お得意のプロファイリングをすればいいだろ…っ。
納得する答えをきかせてみろよ」
何故彼にこんな真似をしたのか。
何故、彼に…。

「…私は…」
睨みつけてくる彼と自分のとった行動がうまく説明できなく
軽くショックをうける。
今まで事件も犯人の行動、まわりの状況、あらゆることから
いろいろな情報をひきだせたはずなのに、だ。
だが緊迫していた空気をやぶたのは彼の方だった。
彼がまた咳き込み出しはじめた。
あわてて彼の背中をさすろうとするのだが、すごい勢いでふりはらわれてしまった。
無理もないのだが。
だが先程少し寝たからといってもほんの少しの時間だ。
彼を休まさなければ。
「部屋はどこです?」
「さわ…るな…っ!」
どこにそんな力がのこっているのか。すごい力で拒絶される。
まるで手負いの獣のように。
懐から携帯電話をとりだし彼に渡す。
「家の人でも友人でも呼んで下さい。
警察でもいい。とにかく部屋に戻って休まないと」
「……まず…っ」
彼がそう呟いて額をおさえた。
「高耶さん?」
彼の肩を掴む。すると彼の体がくずれおちるように私にもたれかかってきた。
「……」
気絶してしまったらしい。
自分はとんでもないことをしてしまった…
とりあえず彼を運ばなければ。信頼できる医者がいるところに。

人のざわめきの音と消毒の臭い。
ああ、また病院に運ばれたのか。とため息をつく。
あの男にも一応良心があったのか。
あの男はなにを考えてあんな真似をしたのか理解に苦しむ。
いきなり…あんなのありえねえ。嫌がらせにしても男にキスて…。
いわゆる両刀というやつなのか?
まああの男くらい容姿がよければ両手にハナだろう。
億劫だが目をあけると、そこにくだんの男が座っていた。
驚いてはねおきる
「…なにしてる!!」
「……」
しかし男は押し黙ったまま、今にも倒れそうに蒼い顔をしていた。
車の中での横暴な態度がかけらもなくなっていて思わず毒気がぬかれてしまった。
「…もしかして…オレ、どっか悪いのか?」
「…いえ…」
そういって眉間に皺をよせてため息をつく。
「なんだよ。その重苦しい雰囲気やめろよ」
「……考えてみたんですが…」
「…なにを」
「あなたにあんな事をしてしまった原因を。状況、会話、生い立ち…さんざん
考えて分析した結果…」
「結果?」
「…私はどうやらあなたに惹かれているようです」
「……は?」
「…好意をもっているということです」
「…へ?その答えがでるまで、ずっとここでそうやって分析してたわけ?」
「ええ…あなたには本当申し訳ないことをしてしまいまして…」
「…っぶはっ」
「…」
「ぶははははは!ありえねえ!!お前…っ!」
思わず笑ってしまったら、男がキョトンとした顔になった。
ひとしきり笑った跡男をみるとなんとも神妙な顔をしていた。
こいつは本気らしい。
オレに惚れてるだと。冗談も大概にしろって感じだ。
かなりむかついてきた。
「なあ」
「はい」
「車の中でしたことはあれか。オレに惚れてるからって言うわけか?」
「……まだはっきりとはわかりませんが」
「にえきらねえな。」
「まだはっきりと『惚れている』と断言はできません。惹かれてはいますが」
「どこに」
「そうですね。他人への思い遣りができる優しいところとか、
自分の危険をかえりみない向こう見ずなところとか。」
「それは父性本能じゃないのか?守ってやりたいとか」
「…父性だったらあなたにキスしたいとかにはならないでしょう」
「…オレの事をよくしらないくせに。好きだからって勝手にキスすりゃ
自分のもんになるとでも思ったのか。この最低野郎」
笑顔でそういうと男は凍りついたように動きをとめた。
「…そうですね…。今日は本当にすいませんでした…。
ゆっくり休んでください。また、お見舞いにきます」
男はそういうとぎこちなく笑んで、病室を出ていった。
最悪な事をされたのだし、これくらい言いかえすくらいなんでもないと
そう思ったのに。
言った瞬間拳をにぎりしめてたちつくす男の姿になぜか胸のあたりが痛んだ。
いやなやつに言ってやってすっきりするかと思ったのに。
すっきりするどころかこちらが悪い事をしてしまった気分になってしまった。
とりあえず思考をやめ、ぐっすり眠る。
ちゃんと回復してからいろいろ考えよう。
そうして時間もきにせず眠ったのはいつぶりだろうか。
フト目覚めると妹の美弥がいた。
「お兄ちゃん気分はどう?」
「…今何時だ」
「んもう、質問にこたえてよ。もう昼前だよ。」
「…マジか…」
「あ、大丈夫だよー。色部さんがね。いい機会だからとことん休ませろって
1日お休みくれたの」
「……」
「お兄ちゃんもうちょっと護身術とか身につけたら?」
「…そうだな…」
妹の笑い声がここちよく頭に響く。フトみると大層なバラの花束があった。
「なんだこれ。美弥がもってきたのか?」
「違うよ〜」
「じゃあ千秋か。ほんと手のこんだ嫌がらせしやがる」
「違うよ。直江さんって人」
「……」
「すんごい深刻な顔で来てねー。すいませんでしたって美弥に頭
下げられちゃって。もうあせっちゃったよ。」
「…」
「お兄ちゃんが無茶するのはいつものことですって言っておいたんだけどね。
またお兄ちゃんが目が覚めたら謝りたいって。いいっていっといたよ」
「…わかった…」
バラの花束にはとても達筆な文字で連絡先とおわびの言葉が
かいてあるカードが添えてあった。
とても綺麗な字だった。
その文字を指でなぞると、あの男のつらそうな顔が浮かんだ。
時間を見つけて高耶さんのお見舞いに行ったのだが、もう退院した後だった。
メッセージカードに連絡先を書いておいたのだが連絡はない。
当然といえば当然だが。そう自嘲する。
自宅もしっているのだが、さすがにストーカーのようだと思って
思いとどまった。
彼の言葉が耳から離れない。
今日は来ているだろうか。
だが仕事の忙しさもあってなかなか身動きがとれない。
ようやく一段落したとき、オフィスの外に彼の姿をみつけて心臓が跳ねた。
急いで彼の近くにいく。
「高耶さん」
「…」
彼は無言のまま歩きだしついてこいとめくばせする。
彼の背中の後を追い掛けるようにして歩く。
「…昨日は悪かった」
彼が背中を向けたままぽつりと言う。
「いえ、あなたが謝るようなことはなにもありません。悪いのは私ですから」
「…いや、オレもいいすぎた」
「言われて当然です」
「美弥…妹から聞いた。妹に頭下げたんだってな」
「あなたが寝てらしたので」
「…それで?」
「?」
「どうするんだよ、食事」
「…え?」
「いったろ、また今度食事するって」
「…高耶さん?」
「いっとくけど!前はオレがおごってやるつもりだったけどお前持ちだからな」
「…喜んで」
「けど、オレは自分のバイクでいくからな」
しっかりと釘をさされてしまった。思わず苦笑する。
彼は少しだけ頬をゆるめた。